似ている!間違いない。
酒井さんと世界遺産って似ていると思うんだ。
私は長らくこの説を唱えているのだが、残念ながら誰にも相手にされず寂しい日々を過ごしていた。
しかし
止まない雨はない。
明けない夜はない。
不遇はいつか解消されるものさ。
ある日、私は同僚の酒井さんと一緒に山奥の現場に向かった。
2時間ほどのドライブを経て茨城県の山奥に到着し、私は準備を整え鉄塔に登りはじめた。
40mほどの鉄塔を、一歩一歩ゆっくりと登ってゆく。
安全装置を身に着けているとはいえ、万が一足を滑らせて落下すれば、腰の骨が折れ気絶する程度のケガを負うリスクを背負って登る。
一瞬も気も抜くことができない。
鉄塔を登りきると、そこには静かでひとりぼっちの空間が広がっている。
この静かな空間で、俺の脳裏に神がかったアイディアが舞い降りてきた。
今ここで、鉄塔下にいる酒井さんに向け大声で「世界遺産」と叫び、酒井さんが上を向けば、俺が長年唱えていた「酒井さんと世界遺産は似ている」説が実証できるではないか!
この人影のない山奥ならば、大きな声で「世界遺産」と叫んでも誰の迷惑にもならないだろう。
イノシシやスズメバチ、グリズリーやバンビなどの山の住人たちはびっくりするかもしれないが、俺は正規の大発見、その検証を今ここで行うのだ。
我慢してくれ!山の住民たちよ!
大きく息を吸い、長年の不遇を晴らすべき下に向かって俺は叫んだ。
世界遺産!と。
しばらく間を開けて、一緒に来ていた後輩の寺島くんが「準備できましたー?」と、これまた大声で返事を返してきた。
・・・っていう話よ。
違う違う!
「酒井さんと世界遺産」が似ていないんじゃないくて、きっと俺が酒井さんに嫌われているだけに違いない!
まだまだ俺の説が間違っていると決まったわけじゃないよ。